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広島地方裁判所 平成3年(ワ)1354号 判決

原告 株式会社西日本銀行

右代表者代表取締役 後藤達太

右訴訟代理人弁護士 神田昭二

真田文人

被告 川越順子

右訴訟代理人弁護士 岡田勝一郎

主文

一  原告の主位的請求のうち、川越常幸と被告との間の別紙物件目録≪省略≫記載の土地及び建物に関する平成二年二月一〇日付けの別紙信託原簿≪省略≫記載の信託契約が無効であることの確認を求める部分に係る訴えを却下する。

二  被告は右土地及び建物について広島法務局平成二年二月二六日受付第三二六六号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

1  川越常幸(以下「常幸」という。)と被告との間の別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)に関する平成二年二月一〇日付けの別紙信託原簿記載の信託契約(以下「本件信託契約」という。)は無効であることを確認する。

2  主文第二項同旨

(予備的請求)

1  常幸と被告との間の本件信託契約を取り消す。

2  主文第二項同旨

第二事案の概要

本件は、本件不動産につき広島法務局平成二年二月二六日受付第三二六六号をもって本件信託契約を原因として本件不動産のもと所有者である常幸からその妻である被告に対し所有権移転登記(以下「本件登記」という。)がなされているところ、常幸の債権者である原告が、主位的に、本件信託契約は、無効であるとして、その無効確認と債権者代位権に基づいて本件登記の抹消登記手続を求め、予備的に、詐害行為取消権に基づいて本件信託契約の取消しと本件登記の抹消登記手続を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  常幸は、本件不動産をもと所有していた。

2(一)  原告は、オオサカ洋服株式会社(現商号株式会社ワーコール、以下「訴外会社」という。)との間で、昭和五四年四月六日、継続的取引契約を締結し、常幸は、原告に対し、右同日、訴外会社が原告に対して負担する債務につき連帯して保証する旨約した。

(二)  原告は、訴外会社に対し、昭和六〇年五月三〇日、二〇〇〇万円を弁済期同年六月八日として貸し渡した。

(三)  原告は、訴外会社が日本生命保険相互会社に対して負担する借受金債務を連帯保証し、右残元本及び利息・損害金合計一一八二万七一〇二円を昭和六〇年九月三〇日に代位弁済した。

(四)  原告は、常幸に対し、連帯保証契約に基づき、右貸金及び求償債権の残元本及び遅延損害金合計一七一六万二〇三〇円及び右残元本に対する遅延損害金の保証債務履行請求権を有している。

3  本件不動産について常幸から同人の妻である被告に対し、本件信託契約を原因とする本件登記がなされている。

4  常幸には本件不動産以外にみるべき資産がなく、同人には、平成二年二月一〇日の時点で前記2の連帯保証債務を履行する資力がなく、現時点においても同様である。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

1  本件信託契約の成否及びその効力

(原告の主張)

(一) 常幸と被告との間で本件信託契約が締結されたとの事実は存せず、本件登記は実体のない無効な登記である。

(二) 仮に、本件信託契約が成立したとしても、本件信託契約は、常幸が、原告からの強制執行を免れる目的で被告と通謀の上仮装したものであるから、通謀虚偽表示として無効である。

(被告の主張)

被告らは夫婦であるが、昭和六〇年頃から常幸の女性問題で不仲になり、被告は、将来離婚するときに備えて本件不動産を譲渡するよう要求し、昭和六一年七月頃、常幸にその手続を委任し、同人に包括的な代理権を授与した。本件信託契約は、常幸が、右委任に基づき、被告の代理人としての地位も兼ねてこれを行ったものである。

2  本件信託契約の詐害性

(原告の主張)

仮に、本件信託契約が有効であるとしても、右契約は、当時無資力の状態にあった常幸が、同人に対する債権者である原告の権利行使を害する意思で締結したものであるから、取り消されるべきである。

(被告の主張)

(一) 常幸は、平成二年一〇月頃、原告から訴訟を提起されて初めて、原告に対し前記連帯保証債務を負っていることを知ったものであり、本件信託契約当時、本件不動産を被告に信託譲渡することにより、原告の権利行使を害するという認識はなかった。

(二) 本件信託契約の実質は、離婚における財産分与であるから、これが財産分与に仮託してなされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為取消請求権の対象となり得ない。

第三争点に対する判断

一  まず、争点1について判断する。

1  証拠(≪証拠省略≫、証人大垣務、取下前の被告川越常幸、被告各本人)によれば、次のとおりの事実が認められる。

(一) 原告は、訴外会社に対する債権について、昭和六〇年二月から支払がなくなり、同年五月には債務弁済猶予の調停が申し立てられたため、実効的な債権回収の方策を検討するようになったが、担保物件の任意売却が不可能となったため、昭和六一年六月九日付けで不動産競売の申立てをした。しかるに、最低売却価格が二二一九万円となり、同年八月に代金二二五一万円で売却許可決定がなされ、債権を満足しないことが明らかになったため、原告は、更に債権回収を図るべく、同年一〇月二二日、訴外会社の連帯保証人である常幸を訪問し、残元本が三四二〇万円であるところ、売却価格が二二五一万円で配当が二二〇〇万円くらいであるから、元本及び損害金と併せて二〇〇〇万円くらいの返済が必要であると説明したが、常幸は、高額であるため直ちに弁済をすることはできない旨回答した。

(二) 本件不動産については、昭和六一年九月一日付けで同年七月三一日付け信託を原因として常幸から被告に対する所有権移転登記がなされ、その後、昭和六二年、平成元年、平成二年の三回にわたって、いったん信託財産引継を原因として被告に対する所有権移転登記を抹消して常幸に対する所有権移転登記をし、更に信託を原因として被告に対する所有権移転登記をするということが繰り返されているが、このうち最後のものが本件登記である。右三回にわたって、いったん常幸名義に所有権移転登記をしたのは、常幸が代表取締役をしている西川産業機工株式会社の運転資金として銀行等から借入れを行うにつき、(根)抵当権設定登記をする必要があったからであり、その旨の登記が済むと直ちに被告名義に戻している。

(三) 被告と常幸は、昭和五〇年頃から別居状態であったが、当時、被告は、将来離婚するときに備えて自己名義の財産を確保しておこうと思い、常幸に本件不動産を譲渡するように要求していた。しかし、被告は、印鑑及び印鑑登録証明書を自ら管理したことがなく、右別居の前後を通じて、同人の印鑑及び印鑑登録証明書は常幸が保管しており、前記のような信託を原因とする所有権移転登記手続及びその抹消登記手続は、すべて常幸が単独でこれを行ったものであって、事前に被告に同意を求めたことはなかった。被告は、昭和六一年九月一日付けの所有権移転登記のことについては、その後常幸から聞いていたが、その後本件登記に至るまでの名義変更の経緯は一切聞いていなかった。

2  被告は、昭和六一年七月頃、常幸に対して本件不動産を自己に譲渡するための手続を委任し、その旨の代理権を授与した旨主張し、常幸及び被告は、同人らが不仲であったため、離婚に備えて被告名義にした旨供述している。

しかしながら、被告は、常幸に対し、単に本件不動産の譲渡を要求していたにすぎず、その方法、時期等につき何ら具体的な要求ないし指示を行っていないのであり、しかも、被告は、信託の意味を知らず(これは被告の自認するところである。)、本件不動産の移転登記はすべて常幸が一方的に行い、被告は、それについて何ら聞かされていないというのであるから、たとえ被告が従前本件不動産の譲渡を要求していたという事情があっても、これをもって被告が常幸に対して、本件信託契約締結に関する代理権を授与したものと認めることは到底できないというべきである。

しかも、昭和六一年九月一日付けで被告に対する所有権移転登記がなされた当時の事情のほか、常幸は、本件不動産につき右所有権移転登記をした後も、被告の了解を得ることなく、数回にわたって被告への所有権移転登記を抹消して自己名義で登記した上、(根)抵当権を設定し、依然として所有者同様に振る舞っていること、常幸及び被告が供述するように離婚に備えて被告名義にしたというのであれば、贈与ないし財産分与による移転登記をするのが普通であって、信託という法形式を選択したのは不自然である(常幸の供述によっても、右法形式を選択した理由は明確でなく、右供述によれば、単に他の原因による移転登記よりも費用が節約できるとの理由から信託を原因とする移転登記をしたことが窺われる。)こと、常幸が信託の趣旨に従って被告に本件不動産の管理を委ねた形跡はないことなどからすると、常幸が本件不動産の所有権を信託目的にせよ被告に移転する確定的な意思を有していたものと認めるのは困難であり、むしろ、常幸は、原告が主債務者である訴外会社に対し担保権を実行した結果、債権の満足を得ることができないことが明らかとなったことから、連帯保証人である自分に対する原告からの強制執行の可能性を察知し、それを免れようとして単に本件不動産の名義のみを被告に変更したにすぎない疑いが極めて濃厚といわざるを得ない。また、被告は、昭和五〇年頃には常幸と別居していたと供述しているところ、そうであるなら、昭和六一年になって急に本件不動産の譲渡を行うことには合理的な根拠がなく、この点も、右のような疑いを起こさせる事情というべきである。なお、常幸は、昭和六〇年頃に被告と不仲になり、本件不動産の譲渡の話がその頃に出てきたと供述するが、被告の右供述に照らして措信できない(右時期のずれは単なる記憶違いとしては済まされないものであるところ、被告がこの点につき敢えて事実と異なる供述をする必然性はないというべきである。)。

3  以上の次第であるから、常幸及び被告の前記供述からしても、常幸と被告との間で本件信託契約が成立したものと認定することはできず、他にこれに沿う証拠はない。そうすると、常幸は、被告に対し、本件不動産の所有権(本件不動産がもと常幸の所有であったことは争いがない。)に基づき、本件登記の抹消登記手続を請求し得ることとなる。

二  前記争いのない事実によれば、原告は、常幸に対して債権を有しており、常幸は、本件不動産以外にはさしたる財産もなく、右債権を弁済する資力がないというのであるから、原告は、常幸の一般財産を保全するため、被告に対し、債権者代位権に基づき、常幸の被告に対する本件登記の抹消登記手続請求権を行使し得るものというべきである。

なお、確認の訴えは、原告の権利又は法律的地位に対して存する現在の危険ないし不安を除去するためのものであるから、そのために適切な手段が他にある限り、過去の法律行為の効力の確認を求める利益はないものというべきところ、本件においては、右抹消登記手続請求権の代位行使が可能である以上、原告において本件信託契約の無効確認を求める訴えの利益はないというほかない。

第四結語

よって、原告の主位的請求のうち、本件信託契約の無効確認を求める部分に係る訴えは不適法であり、本件登記の抹消登記手続を求める部分は理由がある。

(裁判長裁判官 高升五十雄 裁判官 喜多村勝徳 角井俊文)

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